悶々してこそ華

この前、歌舞伎町の中華屋さんで弊社の社長の水野と2人でプチ忘年会をしていたら、隣の席になんだか違和感を放つ人たちがいました。
一見ただのギョーカイくせぇ団体に見えてたんですが、その中の1人が男なのか女なのかよくわからないんです。
うーん。厳密に言うと、一目でわかるっちゃわかるんです。1人が『男装してる女』なんですよ。どこからどー見ても。
体格とか声とか肌とか完全に女だし。「衣装か!」ってぐらい男らしい格好(チョイ悪)だし。
その男装してる女と、そのマネージメントをしてるチャラ男と、カメラマンと編集者という構成なんです。どーみても。
そして会話の中にあんまり聞き慣れない『性同一性障害』って言葉が何度も出てきます。
そんなモン、こちとら興味津々じゃないですか。一番歌舞伎町っぽい瞬間じゃないですか。
そりゃあ、盗み聞きしますよ。野次馬ジャパンですよ。
どうやら、その『性同一性障害持ち男装女』が本を出すだか出しただかで、それをクンクンしてきた編集者が取材した感じだったのかなぁ?って感じでした。
会話の内容はというと、「七五三の時に着物を着るのをいやがった」とか、「大久保の病院で性同一性障害の診断書をもらってきた」とか、「(金八の流れで)上戸綾に会いたい」とか、「いきつけのキャバクラのなんとかちゃんがどう」とか、「ソープに行ってみた」とかそういう話…。
その男装女が「切り込んだ」トークテーマに、カメラマンと編集者で適度に(行き過ぎない程度に)ツッコんで、それにマネージメントチャラ男が「こいつはもっと深くツッコんでもイケるぜ!」感を出しまくった下品なフォローを入れて、でも結局不完全燃焼でトークが次に進んじゃうっていうのの繰り返しでした。
最後にとっても社交辞令的にカメラマンが「今度一緒にキャバクラ行きましょう」って言ってたし。
とっても気持ちの悪縲怩「現場でした。
なんだろうなー?この読後感の悪さ。
なんとなく思うのはこの気持ち悪さの原因はその男装女の『開き直ってる』感なんじゃないかな。
やっぱなんとなくね、性的な問題は悶々としてこそ華なんじゃねーかな?と僕は思うわけですよ。
「私、性同一性障害ですけど何か?」っていうノリには、いくら歌舞伎町とは言え、なんかついていけないッス。
逆に重いッス。ソコ俺には一緒には楽しめねーッスよ。
さらに言及すると、その『開き直り』の原因は確実に『意識しすぎ』ですよね?
意識しすぎて上記のようなベッタベタな『性同一性障害のワタシ』を演じるしかなくて、もう引っ込みつかなくなっちゃっただけだったりするんじゃないですかー?へたしたら被害妄想からの産物なんじゃないですかー?
本なんか出しちゃったワリにそんなベタな切り口しかなくて大丈夫なんですかー?
性同一性障害の方の苦労を僕は全然知りませんけど、一回被害妄想に陥って、結論として開き直った人よりも、悶々ジメジメ悩んでる性同一性障害の人の方が愛せるというか仲良くできるような気がしました。なんとなく。
単純にあの時もっと悶々とした会話を盗み聞きしたかっただけっちゃ、それだけなんですけど。
…あ。悶々と言えば。
僕が最近悶々としてる事は『自分の中でのMEGUMIの立場』です。
ここ1年ぐらいでMEGUMIがオッケーになった人って多いんじゃないかな。と実感として思ってるんですけど(俺だけ?)、あの人さらにどんどん良いカンジじゃないですか(俺だけ?)。
いや、好きとかファンとかでは断じてなくて。うーん。いや、すごい気になるヒトなんですけどー。
強いて言うなら『1度お相手していただきたいタレント』みたいな切り口でー…、いやー。いやいやいや。
そんなオッサンくさい切り方はしたくなくてー…。
とにかくMEGUMIに関しては、相当悶々としてます。
『性同一性障害』と『MEGUMI好き』に関するカミング・アウトはもしかして似てるのかもしれない。












